OldCord〈カスタムスプール専門店〉

2022/07/02 18:51




ご覧いただきありがとうございます。

ここ数ヶ月、諸事情で忙しくしており、久しぶりのブログ更新となります。

また、現在受注頂いているオーダーに関しても、素材価格、及び物流コストの急激な高騰により納期遅れが発生しています。


大変長らくお待たせしてしまい、申し訳なく思っております。

ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。





さて、本日取り上げるのは他でもない、「ARIJON Fighter」というリールで、これは私のメイン機種でもあります。





正直に言うと、メイン機種というほど使用頻度が高いわけでもなければ、こいつで釣り上げた魚は片手で数えられるほど。

そして、そもそも最近釣りにあまり行けておりません。


単に「好きな機種」という、ただそれだけなのかもしれません。


ただそれだけ。


Fighterとは大した思い出もないけれど、コーヒーを啜りながらダラダラとブログを綴る日曜日の午後。


みなさま、ぜひお付き合いください。





さて、エメラルドグリーン耀くFighter。

こいつを理解するには、まず戦前に北欧スウェーデンで名を上げた前衛的精密機械メーカーであるARJONを知る必要があるでしょう。


下はメーカーロゴです。







スウェーデンのとある湖でしょうか。

登ってきた太陽が顔を出しています。


今では完全にその市場をアブガルシアに奪われ、世界に散らばる僅かな個体、その姿をコレクターの棚に潜めているARJON。


滅多にオークションなどには出てきません。

それもそのはず、ARJONを代表する3機種、Fighter、champion、commander

これらの生産期間は、いずれも非常に短いものでした。

一説によると、

ARJON Champion は、1953年〜1955年(諸説あり)

ARJON Fighter  は、1958年〜1959年。(諸説あり)


上記の通り、ARJONを代表する2機種は僅か2年しか生産されておりません。


加えて現代のような最新設備を備えた工場は少なく、ハイレベルな精密部品を大量に生産することは非常に難しかったため、その個体数も限られたものになっています。

この2年のうちに、Fighterは約1万台championは約5,000台



ちなみに世界で最も売れているリールは米国、LEWS社(ルーズ)のスピードスプールという機種です。

価格も違えば、型番のカラクリで純粋な販売台数ではないにせよ、天文学的な台数が売れているとか。

僅か1.5万円の性能とは思えず、舌を巻いたのを思えています。
         




話をARJON社に戻します。

このARJON社、第二次世界大戦においてイタリアがイギリス、フランスに宣戦布告し、ドイツがフランスはパリに無血入城をした1940年に、スウェーデンの中北部の町:マールング「Malung」(ダーラナ郡マルンセーレン市)で誕生しました。



この年は、当時リトアニア領事代理であった杉原千畝がユダヤ系難民に旅券発行した年としても日本人の間では有名であります。


ともかく、ヨーロッパを中心に激しい争いの戦火が上がる状況の中、北欧の某国ではせっせとアルミを鍛造し、ギアの形成を行い、側部をスパイダーマンのゴブリンみたくエメラルドグリーンに着色し(当初は焦茶色も選択肢にあったとか)、各部パーツの噛み合わせをしながら製品を作り上げたスウェーデン人には、どうして足を向けて寝ることができましょうか。







一パーツメーカーとして、この完成度に敬意を表したいと思います。

すでに述べたように、ARJONは1940年より本格的に事業を行い、スウェーデンではアブガルシアと並び、二大釣具メーカーと称されるまでに成長します。




こちらはスウェーデンはマールングにある、ARJON本社工場。

画面中央、写っている子供にはすでに貫禄が。

なお、このような事業を運営している私、「子供が持っているリールはどこのメーカーだろうか。」「お父さんの竿のブランクはどこの国のものか。」と真っ先に見てしまうぐらいには狂っています。


さて、グリーンボディの「ARJON Fighter」、その機構を簡単に紹介します。



このARJON Fighter、当時では画期的なブレーキシステムを搭載しているリールでして、その名も「ウィンドブレーキ」です。


以下はウィンドブレーキ機構の画像です。




初めてお目にする方は意味がわからないのも頷けます。

なんせ、現代の最新リールとは一線を画すシステムなのです。

スプール本体に装着された赤色の羽。

こいつがライン放出時のスプール過回転を抑制する役割を担っています。

具体的には、四つの均等な大穴が空いたサイドプレートから取り込まれた空気を、スプールの回転とは逆方向へ放出することでバッククラッシュの軽減に繋げています。

ヘンテコな機構ですが、フランクミュラーのスケルトン腕時計のような機械仕掛けゆえ、所有欲を燻る一台となっています。


なお、現代にこの「ウィンドブレーキシステム」を採用している釣具メーカーはありません。

つまり、どういうことか。


そうです、その通りです。「効果がイマイチ」なのです。


だからこそ、アブガルシアの遠心ブレーキやマグネットブレーキ、我が国日本が誇る世界のシマノによる「DCブレーキ」に到底太刀打ちできるわけもなく、あえなく釣具業界から撤退することとなりました。


一瞬で流れゆく時代のトレンドに乗り切れなかったARJONは、アブガルシアに儚くも敗れます。


とはいえ、近代においてARJON人気が界隈で徐々に高まっていることを踏まえると、当時のウィンドブレーキシステムのメリットが再評価されている、とも言えるでしょう。

個人的な感想ですが、各社のブレーキシステムの有能順は以下の通りです。

DCブレーキ>マグネットブレーキ>遠心ブレーキ>ウィンドブレーキ>ノーブレーキ

ちなみに当方の好きなブレーキシステムは1に「ウィンドブレーキ」、2に「ノーブレーキ、つまりダイレクトリール」です。




さて、ARJON Fighterにはもう一つ、目を見張るべき機構が備わっています。

レベルワインダーに注目すると、現代のそれとは大きく違うことが分かります。


通常はレベルワインダーが密着している状態です。

キャストをするの為、上部のクラッチを押すとフリースプールになるのですが、ここからが少し独特なのです。


いかがでしょうか。

レベルワインダーが左右に分裂し、フリースプール時のラインとワインダーアームの摩擦抵抗を極限まで低減していることが一目瞭然です。

キャストが完了し、着水と同時に巻き上げ体勢に入るや否や、すぐさま左右に分離したレベルワインダーが再び結合し、スプールへ均等な巻き上げが始まります。


この時代に、分離型レベルウワインダー機構を開発し、特許までを取得したスウェーデン人たるや、恐ろしい限りです。


今は機能を追求した性能全振りの時代なのでしょう。そうでもしないと、ARJONみたく時代の潮流に乗れず消えゆく運命にあります。



しかし、ふと立ち止まって、昔の不自由さに抗う楽しさを感じてみるのもこれまた一興です。


モノの性能があまりにも向上した昨今において、むしろ「少しの不自由さが心地いい」。

そんな境地に陥っている今日この頃で御座います。



さて、上記と矛盾するようで恐縮ですが、当方のARJON Fighterには、現代のハイプレッシャーな渓流のフィールドに対応するべく特注カスタムを施しております。

本来のスプールはスプールφがあまりにも深く、かつ自重がかなりあるのです。ヘビーウェイトルアーがのっそりと立ち上がり、そして手前でポチャンと落ちる。

バスフィッシング他、ヘビーフィッシングでは使えても、最も繊細さが必要な渓流シーンでは到底使い物になりません。

そこで、軸φ、スプールφを見直し、ブレーキ機構を取り除いた設計をしました。

とりあえず今はウィンドブレーキを取り除いた設計ですが、気が向けばOldCord製として再開させてみたいと考えています。



これでもかという程にまで径を拡張し、かつバランスを限りなく均一にする為の泣きたくなるような製造過程を経て、完成した一品。


Fighter本体のピニオンギアを決して痛めることなく、かつ、メインギアとの噛み込み角度を適切に保つ為、シャフト形状はシャープに仕上げております。

こちらは、純正に適合する「エコノマイザー」です。純正スプールが持つウィンドブレーキを体感しつつ、軽量ウェイトのルアーに対応します。


当方、こちらで約2.5グラム〜4グラムのミノーをキャストし渓流を攻略しております。


余談では御座いますが、実はこちらのカスタムスプール、かの有名なプラナマティックアクションを生み出したメーカー「Mitchell」の拠点があるフランスから、受注生産のご相談を受けまして。


日本から遠く離れた国スウェーデンで半世紀も前に製造された前衛的で魅力の詰まったリールが、令和の時代に日本のカスタムパーツメーカーによって改造され、フランス人の元へ届けられる。

その責任は重大で、ずっしりと肩に重荷が載せられた感じがします。


しかし、同時にワクワクしています。フランスではどんな魚に出会うのでしょうか。

このワクワク感に勝る程の魚に出会ったことのない私にとって、もはや釣りとは何なのか。リールとは何なのか。

釣るための道具なのか

道具のための道具なのか

はたまた、鑑賞するためのモノなのか。



兎にも角にも、「少しの不自由さに抗う余力」を持ち合わせた人生にしたいと思います。


最新のモノも、それはそれでいいのだけれど。




以上、長々とお読みいただきありがとう御座いました。



OldCord
M KIMOTO






ARJONの創業者、Niss Arvid 氏に向けて